オカマは差別か 考

10年ほど前、オカマは差別かを巡り、論争になったのは記憶に新しいところです。論争の詳細は、「オカマは差別か」(ポット出版)にまとめられています。

私個人の考えをいえば、オカマという言葉そのものより、その使われ方に問題があるのではと考えています。

メディアに出てくる、いわゆるオネエ・タレントの少なからずは、「どうせ私たち汚いオカマだから」と自虐的に?いっています。自分で自分を笑えるようになれば、生きるのが楽になることは知っています。傷つくことを、他人から言われる前に、自分で言ってしまうという処世術です。例えば、太った女性が太っていることを他人から指摘されるより、「あたし、ちゃんこ屋開こうかしら」といってしまえば、意外と気が楽になります。そういうことは、多くの人が経験を伴ったアジェロ(=世間智)として知っていることで、一概に否定しません。

けれど「どうせオカマなんて」という言い方には、危うさも潜んでいます。ゲイの人が自分でいっているのだから、オカマ、オカマと茶化したり、からかってもいいのだ、という誤ったメッセージを世の中に送ってしまい兼ねないからです。

美輪明宏さんは、2007年12月放送の「金スマ」(TSB系)で、そのことの危険性を指摘しています。

アメリカではティーンのゲイの自殺率は、30%を超えるそうです。主な理由は以下の2つが考えられます。

①・・・同性愛を罪とするキリスト教が社会のベースにあるため、ゲイであることを自覚し始めたと同時に贖罪意識を持たされる。
②・・・マッチョの文化が基底にあり、女性的だとか、周囲と違うという理由で迫害やいじめに遭う。

このようなことが原因ではないかと言われています。個人的にはキリスト教より、後者の原因のほうが大きいと見ています。

日本でも、例えば、はるな愛さんや楽しんごさんは、中学時代に凄惨ないじめに遭ったことを告白しています。女性的だとかそういう理由もあったのかも知れません。妃羽理さんという女装系忍者の方は、他の客が驚いて転倒したことがきっかけでスポーツクラブの入店を断られたそうです。ミッツ・マングローブさんも、新宿御苑への入庭を断られたといいます。

日本には同性愛者の自殺率に関する政府の統計は存在しません。トランスセクシャル性同一性障害)に関しては、要件を満たせば、戸籍変更が認められるなど、認知される方向に少しずつ変わって来ましたが、同性愛者は存在しないことになっているから、統計がないのは当然です。

学校で女性的だという理由でいじめに遭うなど、不当な扱いを受けているゲイは少なくはないでしょう。同性愛者の自殺率は、恐らくはアメリカより高いかも知れません。同性愛者の生活実態に関する調査は、早急に行われるべきだと考えます。

そういう状況で、「所詮、オカマだから」という物言いは、度が過ぎると性的少数者を迫害する口実に利用されかねません。テレビでは言わず、せめてゲイバーの中だけに留めて欲しいものです。